山口組分裂騒動

●二つの山口組

■六代目山口組 ■神戸山口組

●分裂騒動経緯

【平成27年8月27日】
六代目山口組総本部に直参13団体が離脱届を提出。

【同年8月28日】新団体神戸山口組を設立。
組 長 - 井上邦雄(四代目山健組
副組長 - 入江 禎(二代目宅見組
若 頭 - 寺岡 修侠友会
総本部長 - 正木年男正木組
本部長 - 毛利善長毛利組
舎弟頭 - 池田孝志池田組
若頭補佐 - 織田絆誠
若頭補佐 - 剣 政和(二代目黒誠会
顧 問 - 奥浦清司奥浦組
舎 弟 - 岡本久男(二代目松下組
舎 弟 - 宮下和美(二代目西脇組
若 中 - 池田幸治(四代目真鍋組
若 中 - 清崎達也大志会
若 中 - 高橋久雄雄成会

【同年9月5日】
四代目山健組本部にて結成式を行い、三代目住吉会総本部長十三代目幸平一家加藤英幸総長も激励に訪れる。

【同年9月7日】
六代目山口組若中東生会(会長須ノ内祥吾)が神戸山口組舎弟として移籍。

【同年9月24日】
神戸山口組若頭補佐の織田絆誠が若頭代行に就任。

【同年10月6日】
長野県飯田市の温泉施設敷地内で六代目山口組二代目近藤組二代目掛野組長谷川組組長長谷川陽一が二代目掛野組若頭の牧内こと有賀健一郎に射殺される。原因は、長谷川陽一神戸山口組四代目山健組系列に移籍しようとしていたからと言われている。

【同年10月8日】
藤田恭道が二代目英組として神戸山口組若中で復帰。
安岡俊蔵が二代目誠会として神戸山口組舎弟で復帰。
竹森竜治が四代目澄田会として神戸山口組舎弟で復帰。

【同年10月26日】
六代目山口組若中三代目倉本組河内敏之組長が大阪市浪速区のマンション(三誠会事務所)で短銃自殺した。河内組長は10月半ばに六代目山口組から除籍処分を受けていた。

【同年11月8日】
六代目山口組幹部三代目熊本組(組長藤原健治)が神戸山口組舎弟として移籍。

【同年11月15日】
三重県四日市市にある別宅の玄関で六代目山口組若中二代目愛桜会菱田達之会長が、両手足を結束された状態で、全身を殴打され死亡しているのが発見された。死因は外傷性ショック(撲殺)で現場には鉄棒が残されており、2階の窓が壊されていた。

【同年12月9日】
六代目山口組若中二代目古川組(組長古川恵一)が神戸山口組若中として移籍。
 
【同年12月10日】
大澤忠興関東山川総業として神戸山口組若中で復帰。

【平成28年1月8日】
小嶋恵介が二代目中野組として神戸山口組若中で復帰。

【同年1月16日】
太田守正太田興業として神戸山口組舎弟で復帰。

【同年2月24日】
山本彰彦が二代目木村會として神戸山口組若中で移籍。

【同年7月8日】
青木和重五龍会として神戸山口組若中で移籍。

【同年12月2日】
伊藤寿邦健心連合会として神戸山口組舎弟で復帰。


●参画団体

■両団体間の移籍等による参画団体(とされる)【要出典

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  • 最終更新:2017-04-14 21:36:26

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